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ぼくは実に数字に弱い。計算力もないが、数字がもつなんとも不思議な暗示力の方に弱いのだ。どれくらい弱いかは秘密だが、競馬を遊ぶとき、馬番の数字にはいつも惑わされる。 その惑わされ方が半端ではないから・・これは本当に困る。先週のマイルカップチャンピオンシップの予想でも、数字が持つ暗示力に惑うぼくの弱点がモロに出た。 その前夜、ぼくは近所のコンビニで買い物をした。煙草とビールと軽いおつまみを選んでレジに・・と、なんとジャスト888円。そのとたんに、レジからガチャピーンという音がしたかどうか。したような気がするのは、ぼくが古い時代の金銭登録機が紡ぎ出す音を覚えているからだろう。 が、このときのレジが発した音はガチャピーンどころか、ピン・ポーン!大当たり! そう叫んでいるようにも思えたのだ。 「うーん、これこそ神の啓示。明日のマイルCSは枠連8・8で決りだな」 ね、誰だってそう感じるよね。それとも単純過ぎるかなー。 しかし、これを神の啓示と信じたぼくは、家に帰ってスポーツ新聞を引っ張り出す。ほーらね、8枠には人気のブラックホークが入っている。馬番も18じゃないか。まずは用意のマークシートに、ペンで8の数字をつぶす。 おい、待てよ。もうひとつの8はどこにあるんだ? 1から20くらいまでの数字はプリントしてあるが、それはひとつずつ。枠連の8・8はどう書くの?ぼくは迷って、マークシートに目を凝らす。 あった、あった。右端に小さな空白があって、ゾロ目という文字の下に矢印が付してある。おー、大発見! イソイソとその空白を塗りつぶす。 「よし、これで決り。明日のGIは戴きだ」 と思った途端に、あれれッ、である。キングヘイローが、8番のゼッケンを付けて登場しているじゃないのよ。数字に弱いぼくは、もうこの馬の名前から目が離せない。いや、この8という馬番から目が離せない。そして、こう心に言い聞かす。 「おれは元々、このレースは、キングヘイローが勝つんじゃないかと思っていたはずだ。そうだ、レジの数字は、それをぼくに思い出させてくれようとしたんだ」 今度は馬番を買う事にして、もう一枚のマークシートを取り出すとさっそく、8のところにペンを走らせる。すぐに、その筆先が宙で止る。相手をどれにするか、決めていなかったことに気がついたのだ。 8・18はイヤだな、と思った。888を音読されれば、耳の悪いぼくは、ハチハチハチをハチイチハチと捉えて、きっとこの馬券を買っただろうが、この時は、自分の目でレジの数字を確かめていたのだ。この真実は変えようがないではないか。そこで考えた。 8+8+8は24である。うーむ、神の啓示が読めてきたぞ。2と4を絡めて買えばいいのだ。それに、ほーらね、2×4は間違いなく8である。ここにきて、ぼくは、2・8、4・8の馬券を選ぶ。しかし、なんだか888の数字から離れていったような心もとなさは少し残る。そこで、改めて新聞の予想欄を見直すと、いた、いた。3番ダイワカーリアン、17番スギノハヤカゼ・・・この2頭は8歳馬だったのだ。 「ちーとも知らなかった。悪い、悪い」 そうつぶやきつつ、ぼくは3と17に印を付ける。これこそ本当の8・8馬券だ。ぼくはもうひとつの8の存在を忘れて、うふふ、やったぜ。その時はそう思った。 しかし翌日、馬券を買いに水道橋駅に向かったぼくは、また迷ってしまうのだ。改札機にIO・CARDを通過させ、ふと見ると自動改札機には、液晶文字で130という数字が記されているではないか。しかも電車に乗った後も、この数字が瞼に焼き付いたようになっていて、執拗にぼくを惑わせる(後で考えたら、最初の乗車区間は常に130円なのね)。 「うーむ、念のため1と3も買っておくか。いや、13は何が入ってる? アグネスデジタル? 聞いた事のない馬だな。でも、8からこれにもくっつけておくか」 車内の座席に座って、新聞の余白にメモしておく。8・13。もう迷うことはないな、今日の馬券はこれでガッチリ! そう思って瞼を閉じた瞬間に、今日が11月19日である事に気付き、目が覚めた。 ぼくの誕生日だったんだよねー。だからこの数字は、一瞬だが、買いだと思った。しかし、次の瞬間には悪い予感が働いて、ぼくは首を竦める。案の定、19番目の馬はいなかった。 「とにかく19は外しだな。そんなゼッケンを付けた馬はいないんだし・・」 この決断は早かった。ぼくは諦めもいいのだ。19は消し。 「じゃあ、11はどうする? うーん、こっちは8にくっつけてやるか」 そう思ったが、心中にためらうものがあった。ぼくは毎年、自分の誕生日前後には決って、ロクでもない体験を、イヤというほどさせられてきた人間だ。 ケンカをして、警察の留置場にほうり込まれたり、大量の血を吐いて、生まれて初めての入院をよぎなくさせられたのも11月19日。 思えば、若い頃はこういう事はなかったはずだった。やはり、これ以上トシを取るのが有り難くないな、と思うようになった40歳過ぎから、こうした悪しき習慣が始まったような気がする。 まあ、そんな事はこの際どうでもいいのだが、11という数字だけには未練が残る。実は初孫の誕生日が11月10日。それにちなんで、10・11はいつも買っている馬券だったのだ。苦しい時の孫頼みのクチだが、こっちはそんなに縁起の悪い番号ではなかった(自分の名にちなんだ9・2もよく買っていたが、この頃はすっかり見放した)。 「よし、11は買うぞ。しかし888との絡みはどうなる?」 ぼくは最後まで、この数字に囚われていた。そこで、11も8のキングヘイローに面倒を見てもらいことにした。孫を思い出したついでに、10・11もオマケとして買う。24番という数字があったら、ぼくは迷わず、そっちにも11を回していたはずだったが・・2と4にそれを託すつもりにはなれなかった。 2と4は掛けると8。やっぱり、そっちに寄り添うていなくちゃな、と思ったのだ。ようやく水道橋駅に辿りついた時のぼくは、枠連8・8、馬番は8から2,4,11,13に流し、8歳馬同士の3・17も含めて1000円ずつ買う事に決めていた。 この駅には、かつてのぼくの守護神だった銀魚ちゃん≠ヘ、もういない。だから、相変わらず汚いダンボール紙で蓋をされたままの水槽を目にするのは、今でも少し辛いものがあった。 しかし、この日のぼくには、銀魚の代わりにコンビニのレジの神がついているはずだから・・・馬券に関する限りは、これっぽっちも負ける気がしなかった。ところが、数字のもつ魔力は実に恐ろしい。この駅でも、ぼくは要らぬモノを見てしまったのだ。 「奥多摩・秋川渓谷の旅1700円」という観光案内が、ホームの壁板に張り付けられていて、ぼくはその1,7という数字から目が離せなくなっていた。看板の前で逡巡はしたものの、結局は、1・7という馬券もオマケにつけてしまった。本当に数字から来る暗示に弱いぼくであると、この時も痛感した。 これで合計7枚。女子マラソンによる交通規制をかいくぐって、ぼくは後楽園ウイングの窓口に並んだ。ガラス越しに係員が操る無数のレジが見えた。胸の中で勝利への予感は高まるばかりだった。 しかし、その結果は、ご存知の通りである。ぼくはこのレースで7000円の損害を被る事になってしまったのだが、それでも少しも後悔する気にはなれない。 だって、大穴となったらしいマイルCSの結果は、馬番で11・13。数字だけを追う限り、レジの神様が暗示してくれた888は、やっぱり正しかったのだ。11十13=24。驚くなかれ、8を3倍にした数と同じだったのである。・・ ね、凄いでしょ。 ぼくは、ただの紙切れと化した馬券を、万感の思いとともに改めてジッと見る。その目に映じる個性的な西洋数字の群れは、現在も、なんともいえず神秘的な力を発散していた。 |