第17回 | |
今回から、ケンタッキーのブリーダーズカップのつもりであったが、一つ忘れていたので、今回はそれをまず書いておこう。10月28日に、ブリーダーズ・カップの障害 Steeplechase (以降BCSCと略記)を見に行って来たので、その話である。 私は1994年にアメリカの東海岸に来て、BCのフラット・レースは病気で行けなかったカナダのウッドバインを除けば、毎年、生で見ているのだが、BCSCに関しては、どこでやっているのか情報がなく、気にはしながらも、探すこともせずに、今年まで過ごして来た。 先日、地元のコミュニティーの新聞を見ていたら、突然BCSCの広告があり、近くのスーパーでチケットを売っているとのこと。入場料80ドル、駐車料金30ドルという値段に驚いたが、折角だからとチケットを買いに出掛けた。そうしたら、当日売りが80ドルで、前売りは半額の40ドルというので、少しほっとしたが、それでもかなり高い料金である。 場所を確認したら、ファーヒルズ Farhills というところで、自宅から30分位、何だこんな近くでやっていたのか、と意外な思いであった。 さて当日は、午前中用事があって、結局お昼過ぎ1時近くに自宅を出た。レースは1時からなので、まあ、BCSCに遅れることはないだろうと、軽く考えていたのだが、一つ気になっていたのは、開場が朝8時とある。はて、そんなに混むのだろうか。 混んでいた。 高速の出口、ここはフリーウエイなので、料金所などないのだが、高速道路上まで車が連なっていた。そして、高速降りればすぐなのかと思ったら、これがまだまだ、数マイルある。予定よりも倍以上掛かって、ようやく入り口に到着。 駐車券を予め買ってあるので、場内にそのまま入れるが、そうでない車は、その辺でやっている俄か駐車場へ入れている。値段はどうも、10ドルから15ドル位で、その方が安いみたいだけど。車を場内に入れると、そこからは舗装はなく、まして駐車場は、草の上である。広い野原といっても、ウネリが結構有るので、割と平坦なゴルフ場と思って貰えば良い。 駐車場からコースへ向かおうとするのだが、一体どこがコースやら、良く分からない。取り敢えず、流れている人について歩いていくと、人が固まってワゴン車を止めて、キャンプのように、飲んだり、食べたり、騒いだりしている人達が幾つもあって、その内側に、木で作った牧場の塀のようなものが見えた。 そこも通って、中に入ったら分かった。それは外ラチで、自分は今コースを横切っているのだった。そして、内馬場でも同じような光景、すなわちワゴン車をなかに持ち込んで、ピクニックのようにテーブルを出し、食事をその上にのせて家族や親戚が集まっている感じ。 もう少し、内馬場の中の方に入ると、少し人が減って、幾つかの小さな木の小屋のようなものがあり、そこでようやくプログラムを売っていた。1 冊3ドルで、小さな本のようで、厚さ1センチはオーバーにしても、7―8ミリはある。そしてそれは、ほとんど広告であり、レースそのものは、今日は6つしかなく、しかもBCSCは第4レースである。 到着が2時過ぎたので、まさか終わっていないろうなと心配になったが、まだ2レースしかやっていなくて、どうやら大丈夫のようだ。そうこうするうちに、先ほど通ってきたところが閉じられて、どうやらレースが近づいている感じ。 ドンドン内馬場の中を歩いて、第4コーナーと思われる方へ近づいた。この辺りは、あまり車もいなくて、レースが良く見えそうだ。 コースをざっと見渡すと、4コーナー付近は低くなっており、そこから正面のゴールに向かって登っている。バックストレッチもアップダウンがあるが、まあ中山のバンケット程ではない。直線の登り位の感じ。 ホームストレッチが変わっていて、外回り内回りがある。ゴールは外回りの所にあり、周回中は内回りを通り、そこの障害を越えていくようだ。その内回りと外回りの間の内馬場にも人がいて、同じようにやっている。 正面にもスタンドはなく、外ラチから向こうは斜面になっており、そこに人が車を止めたり、テントを出したりして観戦している。 ゴール付近には、木製の塔のようなものが建っている。形はディズニーランドにあるチキルームの塔と言えばお分かりになるだろうか、そんな感じである。これがおそらく本部であり、審判のいるところであろう。 さて、第3レースが近づいて来て、馬達がコースを軽く足慣らしをしながら回っていき、第4コーナー付近では、審判らしき人が集まって来た。どうやらここがスタート地点のようである。 しかし、ゲートやバリアーのようなものは一切ない。集まって来た馬達は、輪乗りとも言えないような形でうろうろしていたが、やがて合図とともに番号順に、大きい方から内ラチ沿いに縦に並んで行進して来る。 そして、スタート地点と覚しき付近で一頭づつ外に行き、最内の馬がスタート地点に到達するか否かというとき、係員が旗を振った。これがスタートであった。 結構バラバラで、3頭位は完全に立ち遅れたが、構わずそのまま正面の内回りコースの障害に向かって坂を登って行った。いや、全く距離表示が「約」と表示されている意味がよく分かる。 レースは、結構スローに見えた。1周目を回って来て、再び目の前を通った時は、まだダンゴ状態で走っており、最初からガンガン行くアメリカ競馬を見なれていたものにとっては、結構新鮮に見える。 障害はそれほど高くなさそうで、落馬も飛越の危ない馬もいなかった。レースは向こう正面から仕掛けて先頭に立った馬が、そのまま押し切って勝ったようだった。レース実況は、スピーカーからかろうじて聞こえるけれど、よく分からない。しかし、みんなそんなことは気にしていない様子で、自分の目で見て楽しんでいる。 レースが終わって暫くしたら、またコースを横断出きるようになったので、正面に向かう。 そこも相変わらず、家族連れなどが車を止めているが、良く見ると車を止める場所は予め決められていて、彼らパトロン達は、その場所をお金を払って確保しているという事が漸く飲み込めた。 それと大企業、AT&Tだとか、メリルリンチといった企業が、大きな枠で囲った場所を確保していて、大きなテントをしつらえて、客を接待している様子。 もちろん、その間を歩き回るにはなんの支障もなく、少し高いところまで行って改めて、コース全体を眺めて見た。 1周は1マイル位か、ラチも塔も木製なので、コースとしては人工的な感じがあまりしない。車とテントと、もう一つ簡易式のトイレがずらりと並んでいるのが最も目立つ。 塔のあたりに行ってみると、パドックもその付近にロープを張っただけだし、騎手もテントの中にいて、子供達が騎手のサインを貰っている。 塔は扉も何もなく、単なる木の塔で、中に秤も見えるので、計量もそこでやるようだ。 ふと気がついたが、馬券を売っていない。プログラムにも何も書いていないので、少なくともオフィシャルにはないと思う。あるサークルの中で、人が並んで何やらお金を数えていたりするのを見たので、もしかするとそうしたグループの中で、自分達だけで楽しんでいるのかもしれない。 とにかく、こうした雰囲気だと思わなかったので、面白くてきょろきょろしているうちに、いよいよBCSCの時間になった。 今度は正面に来たので、実況も良く聞こえるだろうと思ったが、これがまるで良く分からない。とにかくコースの様子を見て、そろそろスタートだなと、やっと分かった次第。 そんな調子だから、レースの内容も、結局は良く分からなかったが、最後に実況で、上位に来た馬の名前を言っているのだけは分かった。 All Gong という馬が勝ち、2着は Popular Gigalo 、3着は Allgrit だった。それを手元の紙に書き込んでいたら、地元の人達でもやっぱり分からなかったらしくて、何人にも「どの馬が勝ったんだい」と聞かれてしまった。 レースが終わって、残る2レースをどうしようかと思っていると、風が急に冷たく感じだした。 とにかく天気が良くて、非常に気分が良いのだが、小高いところでは、風をまともに受けて、次第に秋が深まっていることと、昼から夕方に変わりつつあることに気が付かされた。 天気の良さに安心して、あまり寒さの用意をしていなかったので、ここは、レースよりも、この競馬場の様子をもう少し探ってから、早々に引き上げることにしようと思い立った。 それで今度は、内馬場を通らずに、大きく回りながら駐車場の方へ向かうと、いきなり見知った顔がある。 つい2ヵ月ほど前まで会社にいた人物が、家族と一緒に来ていたのだ。彼はもともと英国人で、英国の現地法人からサウジアラビアのジェッダ、香港、最後にアメリカの現地法人と、同じ日系企業にずっと勤めて、世界を歩いて来た経歴の持ち主。最近、病気その他の理由によって、20年あまりの関係を終了することになったのである。 2ヵ月ほど病気の治療をして、かなり強い薬のせいで、気力がほとんど失せていたのだそうだが、ようやく薬を抜き始めて、ぼつぼつ次の仕事を探すつもりだと語ってくれた。 その間、大事な娘と過ごすことが出来たので、とても嬉しかったとも。 そういえば、彼の奥さんは馬のトレーディングの仕事をしていた、という話を以前聞いていた。その関係で、この ファーヒルズの開催には、親戚も含めて、毎年家族連れできているのだそうだ。 そうした、パトロン達の支えている手作りの競馬、秋の祭りのついでにやる競馬、という雰囲気が、なるほどと納得できた。 彼と別れて、駐車場の方へ向かうと、向こうから何頭かの馬が引かれて来るところに出くわす。馬も別に厩舎が有るわけではなくて、一応仕切りはあるものの、その辺に馬運車で着いて、駐車場およびその周辺の草原の上で引き運動をして、コースに出てくるのである。 要するに、ほとんど何の境もない状態で、悪い事をしようと思えば出来るけど、そんな事は誰も考えないし、もし不穏なことをしようとしているのを見つけると、係員だけでなく、そこにいる全員で取り押さえるだろうなと思う。 そうした当たり前のことが、当たり前に目の前で起こっているのが、妙に新鮮な、競馬の原点を見ているような気分にしてくれる。 車に戻って、今度は空いているので、きっかり30分で自宅に着いて時計を見ると、4時だった。往復の時間を差し引けば、わずか1時間半ばかり競馬場にいただけで、入場料・駐車料金あわせて70ドル、でもそれだけの価値は、十分過ぎるほどあったと思う。 ところで、帰ってからプログラムを良く見ていたら、BCSCは1993年のベルモントパーク以来開催されていなかったものを、今年から再開したのだそうだ。どうりで、その間分からなかったはずだ。これも、JRAが障害の国際レースをやって、関心を引いたことが大きかったのかも知れない。 BCSCも、やがては国際レースになるだろうか。極めてローカルな手作りレースと国際レースの取り合わせ、両方の持ち味が生きたまま成立すれば面白いと思うが、はたしてどうなるであろうか。 さて、いよいよケンタッキーへ向かう日が近づいて来た。 |