第20回 BCその3

 さて、ケンタッキーに行く準備はまだ終わらないのである。
 フライトの変更手続きをした翌日、そう言えばレンタカーの時間はどうするのだろうと思って、もう一度電話をしたら、「これは手続き変更になる。前の分をキャンセルしておくから、再度入力してくれ」という。
 一体何の為にインターネットで予約したのか分からなくなってきた。これだけ何度も電話するんだったら、航空会社・ホテル・レンタカー会社に別々に電話入れても同じではないか。

 結局現在の E-Commerce といわれている世界も、まだまだこうした変更手続きの問題を抱えていたりするのである。これは、個別のサービスをただ単純につないで見せているだけで、そうした異業種間の変更管理の連係が上手く出来上がっておらず、難しいところは人間系による繋ぎ作業とフォローアップで凌いでいる現状がある。
 更に言えば、入り口の便利さは確かに上がって来たけれども、実際の場面における物理的な問題(購入代金の決済や賞品の発送など)は、何処かの借用で済ませていたりするので、とてつもない独占・寡占が裏で進行していたりする。現在の .COM の跳梁のお陰で一番儲かるのは、宅配便関係の FEDEX や UPS ではないかという話まであるぐらいである。

 話がそれて来たので、ケンタッキーの準備に戻ろう。

 続いては、ケンタッキーでの牧場巡りの手配もしなければならない。
 H氏ご夫妻は、すでに何度もケンタッキーに来られており、牧場巡りをするにも、いわゆるお決まりのコースよりも、今までにもれている所を回りたいお気持ちが強い。
 一方K氏は、海外が初めてなので、どこでも良いとはいうものの、やはり大どころを見ておきたいという希望がある。
 それで、H氏のご希望の牧場を中心にしながらも、 レーンズエンドやゲインズウェイといった大どころを追加で入れることにした。
 レーンズエンドは西の方あるので問題はなし。 ゲインズウェイの方は、方角からいうと東寄りだが、何時もお世話になっているG調教師の拠点のあるところであり、しかもH氏のお知り合いの買われた馬がそこにいることが分かったので、一日の最後に回ることにした。

 そこまで纏まると、各牧場に予約を入れなければならない。G調教師に連絡を取り、数が多いので、全てでは無くて構わないという条件で、予約の時間を含めて手配をお願いしたところ、少々過密スケジュールだが、全ての予約を取って頂いた。以下がその予定表。

09:00AM Three Chimneys Farm
09:30AM Adena Springs
10:15AM Lane's End
01:30PM Mill Ridge Farm
01:50PM Jonabell Farm
02:35PM Darby Dan Farm
03:20PM Gainsway Farm

 これらの牧場の場所を地図で確認し、それぞれにマークを付けて準備は完了。チケットと共にセットして置いておく。そういえば、こんどのレンタカーは最近評判の上がっている会社で、そこのメンバーにはまだなっていなかった。申込用紙もちょうど手元にあるので、それに書き込んでこれも一緒に置いておく。

 準備としてはもう一つ。肝心のBCの事前に、レース検討をある程度しておかねばならない。しかし、週の後半から休みに入るとなると、前半は仕事も立て込んでしまって慌ただしく、正直予想どころではなかった。
 結局、予想の為の資料を揃えるのさえ、大半はその週の水曜日に集中してしまうことになった。肝心の出馬表は、その水曜日朝発表である。時間の関係から、水曜日に会社で、こっそりインターネットを使ってプリンターに出力しておき、人数分のコピーも取ってしまう。
 ブラッドホース誌には過去の成績表が掲載されていて、結構な量があるのだが、予想の基礎なので欠かせない。さすがにこれは、自宅に戻ってから、自分の分だけコピーをしておく。予想をしている時間はもはやないので、行きの飛行機の中か、ケンタッキーに着いてからとする。

 その外の準備も少々ある。先週のBCSCのプログラムも予備を買っておいたので、お土産として持参する。あとは、そう、チャーチルダウンズに自分の持ち馬(といっても一部共有)がいるので、見に行くのであれば、馬主証を忘れないようにと言われていたのだった。

 さあ、いよいよ当日である。
 例の変更のお陰で、フライトは 6 時半、したがって早朝 4 時起き。前日は 12 時過ぎまで準備にかかっていたので、少々眠いが、小学生の遠足と同じで、楽しい旅行の時には苦にならないから、不思議なもんだ。
 最近は、飛行機のチケットも当日空港に行けば済むという E-Ticket なので、気楽なもの、と5時過ぎに自宅を出る。
 この先、何が待っているのかも知らずに、ノホホンとスタートした波乱の旅行だった。

 空港までは15分余り。5時過ぎに出たので、時間に余裕があるはずだったが、工事中で駐車場の入り口でうろうろしてしまった。あまりもたもたしていると時間がなくなるので、仕方無く、多少高いがターミナル近くの駐車場へ入れる。
 ここは、Hourly と Daily があり、Hourly だと 1 日48ドルも取られてしまう。 Daily はその半額。本当は、一番安い所だと一日7ドルなんていうのもあるけれども、そこからはバスに乗って来なければならず、下手をすれば30分は掛かる。
 ともかくも Daily に入れたのだが、目指すCターミナルの駐車場へ近づくことが出来ない。工事中で、遠いところに止めなければならないらしい。仕方なくAターミナル近くに止めて、15分ほど歩く。
 ターミナルに入ると、別にチェックインすることなく、ゲートへ向かえば良いのである。場所を調べると、C112とある。嫌な予感がしたが、行ってみたらやはりそう。クリーブランド行きなどのようなメインでない路線の飛行機は、ターミナルの端っこから出るのである。
 延々とこれまた15分以上も歩かされて、漸くゲートに到着。もう6時過ぎになっていて、搭乗がもうすぐ始まろうとしているところ。何とかボーディングパスを貰って、ほとんどノータイムで飛行機へ。

 クリーブランドまでは1時間40分のフライトだから、到着予定時刻は8時10分。前の日コピーを取ってあったBCの出馬表と過去の成績を出して、早速検討に入る。
  Distaff, Juvenile Fillies とレースの順番に見ていく。この辺は固そうだが、その次の Mile は難しい。大体その辺りまで終わったところで、クリーブランド上空に来て、機体が下がりはじめる。予想している時というのは時間が経つのが早いね。

 クリーブランドでの接続時間は1時間20分で、9時30分発の予定になっている。飛行機を降りてゲートの番号を確認したら、ターミナルが違う所になっている。
 これは少し急いだ方が良いかなと考えて早足で歩いていくと、これまた結構距離がある。動く歩道の上もずんずん歩いていくも、途中で動く歩道がとまっていたり、あるいは階段をのっぼったり降りたり。結局急いだけれども20分掛かって到着した。この際トイレと思って探すと近くのトイレは清掃中だった。

 少し離れた所まで行って戻って来たら、5分程で搭乗が始まった。ゲートを通ってさて飛行機へ、と思いきや、これが空港の外へ案内されて、待っているのはプロペラ機(ターボプロップではあるが)。

 総勢20人乗りで、両側一人づつの座席。前から2番目に座ったら、直に後の座席の人が、「鍵が落ちたよ」と教えてくれた。「え?」と思ってみたが自分のではない。狭い機内だから大声で「誰か鍵を落としてませんか」とその人が聞くもだれも答えず。多分前のフライトの乗客のだろうということで、地上係員がやってきて引き取っていった。

 機体がこの大きさだから、客室乗務員などは乗っていなくて、副操縦士がでてきて、例の安全確認をやる。
 それが済むと、彼がタラップになっていたドアを引っ張り上げる。そしてすぐにプロペラが回りだした。これから、1時間15分のフライトで、11時にレキシントンのブルーグラス空港に到着の予定だ。

「着いたらばまず、レンタカーを確認して」
 と考えていたら、ふと思い出した。
「あれ?レンタカー会社の申し込み用紙はどうしたんだっけ。昨日入れた中には無かったような...えっ、もしかして、BCのチケットも、レキシントンの牧場巡り用にマークをいれた地図も、全て一緒に置いてきてしまったの?」

 飛行機は、ジェット機に比べれば遥かにゆったりとしたスピードで、穏やかな天気の中をレキシントンへ向かって飛んでいくのであった。