第5回 リニューアルの憂鬱

 東京開幕週の土曜日。競馬場に出かけて驚いた。府中本町よりのゲートから入ってすぐの西側スタンド。1番柱から15番柱まで、およそ7〜80メートルもあろうかという観客席が取り壊されている。
 まあもちろん、これは告知事実で、ローカルの夏場、馬券を買いに行ったときからわかっていたことだが、いざ目の当たりにするとガーンというショックがあった。
 大空襲を受けた瓦礫の廃墟という感じ。そして何よりまっさきに浮かんだのは、ごく素朴に「もったいない…」という思いであった。

 この部分が、いつ建てられたのかは詳しく知らない。しかし、1階から最上の5階まで、ことごとくまだピカピカのスタンドである。それを惜しげもなく壊してしまう。さすがのJRAも、長引く不況やら何やらで、いまけっしていい状態ではないと聞いている。それが平気な顔でこういうことをする。たいしたもんだ、いやいい気なもんだ…か。
 とりあえず不快だったのは、やはり居心地の悪さ。狭苦しくて、閉塞感があって、なにか楽しく遊べない。

 スタンド改修の理由。結局それは前面ガラス張り、できる限りすべてを冷暖房完備にしてしまおうという狙いらしい。4コーナーよりのメモリアルスタンドがモデル。
 がしかし、筆者の感覚からは、「いったいどうして…?」という以外に言葉がない。競馬はやはり、本質的にアウトドアスポーツである。馬は自然に近いところ(芝をむりやりしつらえてまで)を走っている。騎手はそれを操っている。

 だから、観戦者もそれを一緒に味わないことには、ライブを見にきた意味がない。暑いときは汗を流し、寒いときは足踏みでもしてごまかせばいい。だいたいガラス張りの競馬は、見ていて不完全燃焼にならないか。蹄の音が聞こえない。ジョッキーのステッキがしなる音も聞こえない。わざわざ競馬場にきた以上、馬と人に賭けている、その一体感がなくては面白くもないはずだ

 ぶらぶら歩いていると、何人かの知人に出会った。意見が合ってしまう。おおむね異口同音にこの”改修”に首をひねる。
「東京は最後のトリデだったんだけどね…」
「競馬場らしい競馬場はここだけだったんだけど…」
 競馬場が、なぜ競馬場らしくていけないのかと、いま切実に思う。もう正直なところ、危機感は通り過ぎてしまった。

 コースに沿って、長く広々としたスタンドが続いている。競馬場とはそれだけで十分ではないか。筆者は数年前から、中山が遠くなった。1年に1度行けばいいという感じ。なぜあんな作りにするのか。パドックをスタンドで囲むような思いつきがどこから出たのか。理解に苦しむ。だいたい筆者は中山、阪神などへ出かけるといつも道に迷ってしまう。あれは競馬場ではないと思う。ステーションビルのレストラン街だ。

 ついでにもう一つ言わせてもらうと、JRAの競馬場は、指定席、その住人たちのマナーが悪い。相変わらずロビー、廊下の椅子はまたたくまに持ち物、新聞などで占領され、「譲り合って使いましょう」の張り紙が風化している。なぜそういうことになるのか。例えば、こういう現象は競輪場などであまり見たことがない。目分量だが、これは大井競馬場でも少ないように思う。

 半分破れたような新聞が乗っている椅子に、ここならいいかな・・と思って座っていると、その主が戻ってきて、「ここは俺の場所だ」と主張したりする。本来彼らは、スタンドに自分の席があるはずだ。何なんだろう。年配者ならともかく、それが学生風だったりすると、よけい腹が立つ。あんた、まだ馬券買えないんじゃないの。一度だけ注意したことがある。
「譲り合って・・」の紙を指さした。彼がなんと言ったか。
「みんなやってるじゃないの。どうして俺だけに文句いうの」。
 絶句した。

 なにやらグチッぽく、反動風な話で恥ずかしい。しかし、競馬場は大人の遊び場と、最初から考えて出かけてほしいところが正直ある。とりわけ若いファンには、寒いだの暑いだの、ましてやくたびれた、座りたいだの、言ってほしくないと思う。
 遊びとは、本当にその醍醐味を感じようとすれば、やはり疲れるものなのだ。
「ガラス張りスタンドの思想」は、たぶんいいファンを育てていかない。

        ☆        ☆        ☆

 10月9日、盛岡競馬「南部杯」当日、メイセイオペラの引退が明らかになった。右前浅屈腱炎。陣営はここまで少し迷ったらしい。インサイド情報では、走らせて走れないことはない、地元の軽い相手、例えば 11 月「北上川大賞典」あたりを花道に・・のプランもあったと聞く。
 もちろん、しかしこれだけの馬である。調教師、菅原勲騎手の意見が通り、今回の決断になったようだ。

 メイセイオペラとアブクマポーロ。何度も名勝負があった。
 対戦成績はポーロの3勝1敗だが、メイセイオペラには何より地方馬初の中央 GIというタイトルが輝く。どちらが強いかというより、それぞれにきらめくような個性があった。切れ味身上、少しニヒルなキャラクターを持っていたポーロに対し、メイセイオペラは天真爛漫、常に堂々としたレースをした。
 未確認だが、11月19日に引退式があるらしい。そして来春からは静内・レックススタッドで種牡馬として新しいスタートを切る。

  南部杯(統一GI・10月9日・盛岡千六百メートル・良)

 ◎ 1:ゴールドティアラ    54 後藤   1分 38 秒 3
 ▲ 2:ウイングアロー     56 岡部      4
 △ 3:タイキヘラクレス    56 藤田      3/4
 ○ 4:ファストフレンド    54 蛯名      1
 △ 5:インテリパワー     56 石崎      4
 ………………………………………………………………………………
 △ 6:ランニングメイト    56 菅原勲
  10:ワールドクリーク    56 加藤
                    (印は「日刊競馬」当日版筆者予想)


 JRA3強から、どれをとるか。◎ゴールドティアラは正解だったが、まさかこういう圧勝になるとは思わなかった。ゴール前叩き合いから、首ほど抜け出すイメージ。道中中団の外目で素晴らしい手応え。直線鞍上のゴーサインを待ちかねたように馬場の真ん中を突き抜けてきた。
 3年前、タイキシャーロック 36 秒2、一昨年メイセイオペラ 35 秒9だから、かなり砂は厚いということ。馬に勢いがあり、コース適性も高いゆえの快走だろう。陣営はマイルがベストというが、おそらく二千までは何とかなる。

 ファストフレンドは、ティアラとほぼ同位置を進み、しかし4コーナー手前で早くも手応えが怪しくなった。筆者は当日予想で「ファストフレンドは休養でテンションの変動がかすかな不安」と書いた。あやふやな表現。
 ただこの馬は、一昨年春船橋「マリーンカップ」を勝って統一Gに名乗りをあげ、以後エンプレス杯連覇、東京大賞典2着、さらにこの春、帝王賞快勝で頂点に立った。一年半に及ぶ力走につぐ力走。あくまで個人的な見解だが、「ファストフレンド物語」は、もう完結したような気もしている。

 ウイングアローは、なるほど「フェブラリーステークス」を鬼脚で制したが、当時は超ハイペースとペリエの神業が大きいだろう。前々走、旭川「ブリーダーズGC」二千三百の勝ちっぷりが断然よかった。道中じっくり乗って、パワー勝負が理想とみたい。