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(59)馬に関する芸術作品を
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先日、ちかくの本屋にいき、なにか面白い本はないかとさがしていたら、猫の写真集が2冊も見つかった。いずれも全部カラー写真で、あまり猫ずきではないわたしが見てさえも、まことにすばらしい写真集である。
この写真集をきれいだなとながめているうちに感じたことは、なぜ馬で、このような写真集が出来ないかということである。
乗馬家は、馬に乗ることにばかり夢中になり、競馬の主催者は、馬券を売ることにばかり、全力を傾注しているからだろうか。
わたしは、今までになん回も、次のような主旨のことを力説してきた。すなわち、競馬がこんなにかってないほどに盛んになっているのに、ただ競馬場のスタンドが、立派になったり、競馬賞金が増えたりするばかりで、競馬会の出している「優駿」あたりで、作家などが、お題目のように競馬文化をとなえても、いっこうに競馬文化らしきものがめばえてこない。これではいけないから、競馬会は率先して、競馬文化の確立に努力してもらいたいというのである。
競馬文化というと、いかにもむずかしそうだが、なにそんなに深刻に考える必要はない。
競馬や馬に関する画、彫刻、図書などが、どんどん出てもらえばよいのである。馬の写真集なども、けっこうである。
欧米には、馬に関する絵画彫刻等のすばらしい芸術作品が、実にたくさんある。ルーヴルの博物館などにいってみると、このことがよく分る。
わが国では、馬というものが、日常の生活からはますます縁どおくなってきた現在では、欧米のようになれといっても、急にはとても無理だとは思うが、これとても競馬主催者の心掛け次第では、そんなに夢物語ではないと思う。
まず、競馬賞品に実用品を出すことをやめて、馬に関する芸術作品ばかりを出すようにするのである。現在では、馬を専門の彫刻家や画家などは、ひじょうに数すくないが、こうやっているうちに、だんだんと作家が増えていくだろうと思う。
また英米でやっているように、競馬に関する写真を競馬会で懸賞募集し、優秀なものには相当高額な賞金を出すとか、展覧会を開くとか、カレンダーの写真に採用するとかいった企てを、毎年定期的にやることにすれば、回を重ねるに従って、きっとすばらしい写真があつまるようになると思う。
そうすれば、これをまた写真集として出版もできるにちがいない。なにも猫の写真集をうらやましがっている必要はなくなるわけだ。
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(60)エプサム・ダービーがいつから障害レースになったのか
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へんな題だが、ゆっくり終りまで読んでもらえばわかる。
エプサムは、Epsom だから、エプソムと書いている人もいるが、発音は***だから、仮名で書くとやはりエプサムとするのがてきとうであろう。
これなどは、エプサムをエプソムと言ったからといって、別に大した影響もないが、競馬のことをよく知らない人が、知ったかぶりをすると、とんでもないことになる。
わたしは、以前にも別のところで書いたことがあるが、昭和36年のダービーで、ハクショウが1着となり、メジロオーが、ハナの差で2着になったときに、競馬会のある理事が、
「メジロオーは、来年のダービーには有望だ」
といったという話は、今や伝説的なものとなっているが、ほんとうにあった話なのである。
ダービーに五歳馬が走るといったら、まことに珍妙な話になるが、ダービーに三歳馬が走るという話は、ときどき新聞雑誌で紹介される。欧米では、競走馬は、すべて一月一日に生まれたものとし、年齢を満で計算するのに対し、わが国では数え年で計算するからである。
だから、英国のダービーは、for 3-years-old 、つまり直訳すれば、「三歳馬のための」レースということになるのである。もっとも、さらに条件がつき、騙馬は出来できないとなっているのだが。
まえおきが長くなったが、サラブレッド・レコード誌(1973年10月21日号)にM・W・マーチンという人が、A Postal Gallery of Racing Art という記事を書いている。
これは各国で出された郵便切手で、競馬ないしは競走馬を図案にしたものを、カラーまたは白黒の写真入りで紹介したものである。競馬や切手の愛好家は、ぜひ一読されることをおすすめしたい。
さて、この記事のなかに紹介されている切手のなかに、マリ共和国(アフリカ西部の共和国)の切手があり、障害レースの画で、左肩に Derby D' Epsom 、つまり「エプサムのダービー」とある。
もちろんこの記事を見て、誤りを指摘する読者があらわれないはずはない。さっそく11月10日号には、一読者の投稿がのった。
「美しいマリの切手に、ひじょうな誤りがあることを指摘するのは、もちろんわたしが最初ではないであろう。もちろんエプサムのダービーが、障害レースになっていなければの話だが。」
わたし達のみじかにも、案外こんなのがあるかもしれない。
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注 釈
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第60話の文中に***とあるのは、原文では Epsom の発音記号が入っている。
「エプソム」ではなく「エプサム」だ、というのが、佐藤さんの日頃からの主張で、私なども、佐藤正人さんがそうおしゃられるのならと、これまで「エプサム」しか使ったことはない。
初めてお目にかかったときも、
「ヤマモトイッショウといいます。これまでいつも、イギリス・ダービーをエプサム・ダービーと呼んでおります」
と申し上げると、一瞬、何のことやらと怪訝そうなお顔をされていたのが、次の瞬間には、満面笑みに変わったのを、いまでも懐かしく思い出される。
もっともJRAのほうは、「エプソムカップ」というレースのあることからわかるように、早くから「エプソム」表記を使ってきている。
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