第3話 裏の情報(1)
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マイアミでの、ある夜のことだった。 賭博場にきていて、サイコロゲームを見ながら私は、金を失う心配なくサイコロができたら、なんと素晴らしいことだろう、と考えていた。 テーブルの前には、大変な時代にもかかわらず、ニューヨークやデトロイト、セントルイスをはじめ、全米各地からサイコロ好きが集まり、賭博をしていたが、かなりの額が賭けられていたので、私のように、いつも2、3ドルしか持ちあわせない者が加わったら、さぞかし顰蹙をかったことだろう。 というのも、テーブルのまわりは、人垣ができるほど込み入っていたからだ。 私は三列ばかり後ろから、爪先立ちになって、前の男の肩越しにゲームを見ていたので、最初のサイコロが振られたとき、スティックを持ったゴディーが、 「マネー、マネー、マネー」 とわめくのも、声でしかわからなかった。 それでサイコロに集中することができたのだが、賭けの上手い輩というものは、いつもそうやっているにちがいない。 やがて、トレントンからきたグイニー・ジョーがサイコロを手にして、出した数を言い始めるが、私はこの男のことをよく知っていて、彼が始めたのなら、それに従わないのは愚かしいことだということを、これまでに何度も味わっている。 ただ基本的に、私がサイコロゲームが下手なことは、忘れてはなるまい。 そのとき懐には10ドル札が一枚あって、翌日にはそれでホテル代を払わなければならなかったが、グイニー・ジョーが振るのなら、ビッグ・チャンスが転がっているようなもので、これに乗らない手はない。 そこで8の数字を出したときに、乗っているときの彼なら8を出せないなんて考えられないので、その10ドル札を引っ張り出して、三列後ろの人垣の間からテーブルに放り投げ、賭けを受けていたレフティ・パークに言う。 「同じ数字に、レフティ!」 レフティは私の出した10ドル札を見てうなづき、すぐにまた、 「マネー、マネー、マネー」 と声をあげる。 掛け金がいくらだろうと、レフティは嫌な顔ひとつせず、たとえそれが10ドルのようなつつましい額であっても、断ることはない。 そうやって私の手元には、すぐに22ドルが転がり込んできたのだった。 次にグイニー・ジョーが9の目を出すと、20ドルを50ドルにしようと考える。続けて9を出すことなんて、ジョーにとっては朝飯前のことだからで、思った通りに9を出してくれるし、さらに10を出したときには、50ドルを賭けて100ドルになる。 そのころには私は、いまや軍資金を手にして、テーブルの最前列にきている。 そうやって300ドルも勝ったころには、サイコロの運も傾いてきたので、テーブルから離れことにするが、できるだけ文無しになったような素振りを見せる。 この時期のマイアミの賭博場には、オオカミがたくさんたむろしていて、儲かったお客に一口なりとも食いつきたいと思っているからだ。 しかも、この時期のマイアミのオオカミの食いつき方といったら、他に例を見ないほど痛みを伴うもので、それというのも、賭博場や競馬場の周辺に職を求めて来ているのに、好い仕事にありつけないからだ。 それどころか、彼らがマイアミに着いたとたんに、2、3を除いて、賭博場はことごとく店を閉めてしまったし、競馬場ではブックメーカーが一掃され、かわりにパリ・ミチュエルが導入されてしまい、その結果として痛みはさらに激しいものとなる。 痛みが激しいのは、ほかの町からきた者たちばかりでなく、働かなければ部屋代を払えなくなるので、マイアミの家主たちも同じことなのだが、どうやら彼らは状況を理解していないようで、相変らず理不尽な料金を設定している。 ともかく、だれにも食いつかれないように、首尾良く人々の間をすりぬけ、何とかうまく逃げ果せる。これで5000ドル儲けたという好い加減な噂が広まる前に、ホテルに帰って金を隠しておくことができるだろうと思い始めるが、もっとも噂が町の隅々までに広がる時間があれば、5000ドルぐらいは儲けていたかもしれない。 ふと一安心していると、目の前にホットホース・ハービーという輩がいるのに気づく。表情からすると、そこに立ってずっとこちらの様子を見ていたようで、だとしたら、完敗だったと言っても仕方がない。 じつを言うと、2、3ドルぐらいなら、たかられない口実を考えるのも面倒だと思っていると、驚いたことに彼は、そんな気配もみせず、こう言うのだった。 「いやあ、大勝利おめでとう。ところで明日は競馬場だろう? じゃあ、そこでお目に掛ろう。ビッグニュースを用意しておくよ」 それだけ言うと、さっさと行ってしまったので、ハービーらしからざることと思い、私は口を開けたまま立ちすくんでしまった。 たかることができるのに素通りするなんて、そんなハービーを見るのは初めてだったし、たとえそのとき必要ではないにしても、ハービーがたかりのチャンスをを見逃すなんて、とうてい考えられなかったからである。 (この話続く) |
Damon Runyon
“ A Story Goes with It ” |