ノートの6:競馬百話(5)

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(9)虚妄の血統談義
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 わたしは、血統の研究というものは、勝馬の検討にかならずしも必要なものだとは思わない。血統の研究が必要なのは、生産にとってである。

 だが、勝馬の検討に際して、血統をうんぬんすることは、わるいことではない。しかしながら、血統談議をやるならば、もっと遺伝学の初歩ぐらいは勉強してからにしてはしい。
 外のところで、わたしは書いたことがあるが、ある競走馬が、長距離馬か短距離馬かを論ずるのに、父馬のことばかりいって、母馬のことなど全然無視しているのは、馬がまるで単性生殖からでも生まれると考えているのだろうか、と不思議でならない。

 こんな人に、フェデリコ・テシオの次の言葉を進呈したい。
 「もしも、諸君が、まだ能力の未知の幼駒の最初の62頭の祖先(注・5代までさかのぽると祖先の数は62頭となる)の能力を研究して、これらの祖先がステーヤーであったならば、この幼駒がステーヤーになる見込みがあるし、大多数がスプリンターならば、スプリンターになる見込みがある。だが、これでも確実だというわけにはいかない。」

 牝系系統とか牡系系統とかいう言葉がある。
 これらは、ある馬の母、その母またその母あるいは父、その父またその父とたどっていく系統をいうのだが、これは遺伝学的にいえば、まったく意味を持たない。
 牝系系統を重視したブルース・ロウの理論は、学問的にはあやまりであることは、現在ではたいていの人が知っているが、ただ血統を分りやすくするためにファミリー・ナンバーが使われているにすぎない。
 遺伝学的に見て、競走能力などが、牝馬ばかりを通して伝っていくことなどありえないからだ。牡系系統についてもしかりである。

 たとえば、パーラムは、牡系系統をたどるとダーレイ・アラビアンに至る。
 だからダーレイアラビアン系の馬(もっとせまくいってはエクリプス系の馬)といえるが、このパーラムの血統をゼネラル・スタッド・ブックの第一巻までさかのばり調べてみると、このことは遺伝的な内容と一致しないことが明らかになるのである。

 そうすると、ゴドルフィン・アラビアンが 28,232 回、ダーレイ・アラビアンが 44,079 回この血統中に現われるが、他の幾頭かのアラブ、たとえばダーシズ・チェストナット・アラビアンは、179,105 回も現われているのである。

 こんな訳で、血統を論んずるなら、もっと科学的な議論をしてもらいたいものである。


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(10)輸出するな、輸入せよ
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 もちろん、これはわが国の競馬関係者に対していう言葉ではない。
 サラブレッド・レコード誌のポスト・タイムというコラムは、読者の投稿をのせているいわば読者通信欄といったものだが、ここにある読者が出した手紙が、このような標題でとりあげられている。面白い内容なので、紹介してみたい。

 数年前に、英国やアイルランドの生産者が、ナスルーラやローヤルチャージャーやリボーを輸出したときにおかしたと同じような誤りを、現在アメリカの大生産者のいくたりかは、おかしつつあるのではないだろうか。

 これらの馬を外国に出してしまった生産者たちは、今はきっと痛切に自分たちのおろかさを身にしめて感じていることであろう。そしてかれらは、これらの種牡馬を失った損失をとりかえすことはなかなか容易でないであろう。

 アメリカが、これらの超一流の任牡馬を輸入したことは、現在アメリカが、世界第一の、超一流馬の生産国の地位に飛躍した直接の理由である。だが、もしもこれと逆のことをやって、アメリカの良血を輸出したならば、われわれは、この地位をいつまで確保できるだろうか。

 わたしは、外国に輸出されていく超一流の種牡馬のリストが、だんだんとふくらんでいくのを見て、ひじょうに心配している。

 ちよっとあげてみても、リダン、ボールドラッド、ネヴァーバウ、キングエンペラー、リボコ、ステュペンダス、ボールドイーグル、ミルリーフ、ノースフィールズ、アパーケース、カウアイキングおよびロイアルガナー等がいる。

 われわれのような中小生産者では、これらの種牡馬の牡駒でステークスに勝ち成績をあげたものを手に入れることは、ひじょうにむずかしい。

 アメリカの馬が外国にどんどんいく記事を読む代りに、アメリカのあるシンジケートが、英国からあのすばらしい、すでに種牡馬としてかがやかしい成績をあげた明け十歳のアイルランド産のボールドラッド(父ボールドルーラー、母バーンプライドその父デモクラティック)を買ったというニュースを読むことは、はるかにうれしいことだ。
 この馬は、ボールドルーラーの後継馬となるであろう。

 アメリカは、ヨーロッパから一流の種牡馬をさかんに輸入し、世界一の生産国となったことはたしかだ。わが国も輸入するなら、世界でも一流の馬を輸入するようにしてもらいたいものだ。内国産のものにも劣るような馬を輸入しても無意味である。