ノートの6:競馬雑録(11)

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 シレトコ快勝
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 あるスポーツ新聞に、昭和48年8月17日付で次のような記事が出ていた。

「イギリスのイングランド・フォークストーン競馬場で十四日行われたウェークフィールド・ハンデは、シレトコ(牝四歳)が楽勝した。馬主はシンポリ牧場の和田共弘氏。シレトコの父はテイクアウォーク、母ポシュティ。母の父はワードン。昨年イギリスのベストスプリンターに選ばれ、現在種牡馬となっているロイベンの全妹にあたる。和田オーナーによると、シレトコはことしイギリスで4000万円で買い手がついたが、売らなかったという。今秋(10月)日本へ運び、日本の競馬に出走する予定。」

 イングランド・フォークストーン競馬場とあるが、このイングランドは余計である。ただフォークストーン競馬場でよい。これは単なる誤植であろうが、この外にこの記事には重大な誤りがある。

 それは、この文章の終りの方にある「日本へ運び、日本の競馬に出走する予定」とあるが、これを書いた人は、特別の招待レース以外は、外国で出走した馬は、日本の競馬では出走できないことを知らないようだ。
 だから、シレトコは、日本に持ってきても競馬には出走できないのである。

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 沖田正憲さんの活躍を期待する
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 8月(1973三年)のある日、沖田正憲という青年が、わたしのところを訪ねてきた。
 この青年は、北海道の門別の人で、1年ほどアメリカで開業獣医のもとで、臨床を勉強して、帰りにヨーロッパをまわって帰ってきたばかりであった。
 わたしを訪ねてきたのは、次のようなわけがあったからである。

 同君は、帯広畜産大学獣医学科を卒業後、カリフォルニアにいって勉強していたが、3月でビザの期限が切れるので、繁殖シーズン中のアメリカ滞在があやぶまれていた。そこで安原実氏を通して、中央競馬会の池内常務やわたし等にビザ延期の嘆願書を出してはしいとの依頼があり、これを出したところ、本年7月15日まで延期が認められたので、その礼をいいたいというので訪ねてこられたのでである。

 アメリカに一年以上もいて、なにがいちばん勉強になったと思うかとたずねてみたところ、セクレタリアトやニジンスキイ等、世界でも一流の馬をたくさん見られたことが、なによりの勉強になったということであった。
 沖田さんの今後のご活躍を期待している。

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 発音の難しさ
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 馬のことで外国に行くたびに、外国語の発音のむずかしさを、身をもって感ずることがたびたびある。

 高校在学中に、菊地という先生に英語をならったことがある。この先生の言ったことで今でも忘れないでいるのは、この先生がヴィクトリア・ステーションに行きたいので、通りがかりの人にたずねるのだが、いっこうに通じない。最初はなぜ通じないか分らなかったが、やがて発音が悪いのが原因だとわかった。なん回もたずねているうちに、ああトーリア・ステーションかといって、教えてくれたという。
 先生のいうには、最初のゲィクは、きこえるか、きこえないかで、トーリアといえば通じるのだということであった。

 わたしも、これと同じような経験をしたことがある。
 終戦後、はじめて府中の競馬場が再開されたときには、府中の競馬場のスタンドの一部には、まだアメリカの兵隊が駐留していた。
 わたしは、ここで競馬の日にはいつもやってくる一人のアメリカの兵隊といつのまにか知りあいになった。
 当時は、田中康三騎手が、マツミドリでダービーに勝つなど、盛んに活曜していたときで、この兵隊も、馬券はジョッキー・タナカの乗る馬ばかり買っているなどといっていた。
 この兵隊に、ここに来る前はどこにいたのかときいたところ、なん回ききなおしても、ボンギーとしかきこえない。いろいろ話しているうちにやっと、六本木だということがわかった。

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 ニアアルコとネアルコ
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 今年(1973年) の7月にアメリカに行き、一日アケダクト競馬場でレースを見た。
 3階の特別席から下におりるエレベーターの前の壁にドーヴィルの競馬場の画がかかっていたので、それをながめて、
「ああドーヴィルの競馬場だ」
 とひとりごとをいったところ、つれのフランスの女性が、ドーヴィルじゃなくて、「ドゲィール」だという。そして二回もドヴィールと発音してみせた。

  Deauville だからドーヴィルだと思っていたし、日本語で書いたものは、みなドーヴィルとかドービルとかになっているのに、ドゲィールとは、ちょっとへんだなとは思ったが、フランス人がいうのだからまちがいないかもしれない。

 発音がちがうということは、馬名にもある。Nearco は、日本の登録協会ではニアルコと仮名をつけているが、イタリア産の馬だからネアルコというのがほんとうだろうと思って、数年前ローマの競馬場で、競馬場の人にたずねてみたところ、イタリアでは、もちろんネアルコというが、英国人はニアルコといっているようだ、という返事であった。

 先年、わたしも購買員の一人として、フランスから買ってきた Zug は、調教師が「ズグ」といっていたから、日本でもそうしたが、こんなフランス語はないので、おそらくドイツ語だろうから、「ツーク」と発音するのが正しいのであろう。馬主はそのつもりでつけたにちがいないのである。

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 セリ広告の誤訳
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 英国の競馬雑誌スタッド・アンド・ステーブルに、アメリカのキーンランドのセリの広告が、英、仏、日の三か国の言葉で出ている。
 この雑誌は、もちろん全部英語だから、セリの広告だけ日本語で出しても、はたして効果があるかどうかは、疑問だと思うが、目につくことはたしかである。
 いまや世界のサラブレッド生産界は、日本を度外視することができなくなったということが、これでも分るが、成金趣味を発揮するせいか、高い値段で馬を買っても、あまり感謝されないで、日本人はどこでも評判ほあまりよくないようだ。

 さて、この日本文のはいった広告は、四頁あるが、これらの日本文について、ちょっとおかしなところを指摘してみよう。
  Sire を種馬と訳しているのは、まずい、正確には種牡(あるいは雄)馬とすべきである。
  Colt や filly を、仔馬(牡)とか仔馬(牝)とか訳しているが、これは牡駒とか牝駒としたらよいと思う。
 以上は、とくに誤訳というのではないが、以下の文章は、完全に誤訳である。

  This filly's half-brother, Anachronism, is a winner at three this year in Ireland.
  Owed by Nelson Bunker Hunt, he is currently racing in irish stakes.

 この原文の後段を、
「この仔馬は、現在アイルランドステークスに出馬させているネルソン・バンカー・ハントの所有馬です」
 と訳しているが、そうではない。正しい訳文は、次のとおりである。

「この馬(アナクロニズム)は、ネルソン・バンカー・ハントの持馬で、現在アイルランドのステークスに出走している」
 こんな誤訳をするとは、きっと日本人のアルバイト学生にでも翻訳をたのんだものであろう。

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 英愛種牡馬成績
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 スタッド・アンド・ステーブルの1973年7月号によると、1973年6月8日までの英国およびアイルランドの成績によると、種牡馬の順位(20位まで) は、次のとおりである。

 1:ラグーサ
 2:クレペロ
 3:シュシェーン
 4:シルヴアーシャーク
 5:ハイハット
 6:へ−ル卜ゥリーズン
 7:ファバージ
 8:ボールドラッド
 9:チエーダーメロディー
10:スーパーサム
11:サニイウェイ
12:フォーティノ
13:ファイアーストリーク
14:オーリオール
15:レッドゴッド
16:ハードタック
17:パーダオ
18:ルルヴァンステル
19:フォーリ
20:ゴールドヒル

 この20位までに、日本にいる種牡馬が、次のように5頭もはいっていることは、誠におどろくべきことだといってよい。
 4位のシルバーシャーク、5位のハイハット、7位のファバージ、10位のスーパーサム、12位のフォーティノである。
 他の国では、6位ヘールトゥリーズンと19位のフォーリがアメリカにいるだけである。
 なお、1位、16位、17位の馬は、すでに死んでいる。

                     (昭和48年8月22日)