ノートの6:競馬百話(4)

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(7)セクレタリアトの話
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 まず最初に、日本の新聞、雑誌では、セクレタリアートと書いているが、原名は Secretariat であるので、特に「アー」とひっぱって発音するのは変だから、あえてむこうをはるわけではないが、「アート」としないで、ただ「アト」としておきたい。
 この馬は、1972年のアメリカの最優秀馬にえらばれたことは前にも紹介したが、父はボールドルーラー、母はサムシングロイアル(その父プリンスキロ)で、栗毛の牡馬で、流星、右前後三白である。
 この肢の白も日本でいう長白、あちらでいうハーフ・ストッキングで、なかなか目だつ馬である。

 この馬は、外電の報ずるところによると、一株19万ドルで、32株のシンジケートが成立したという。総額608万ドル(約16億3000万円=1ドル268円換算)で、世界の競馬の歴史始まって以来の最高額である。
 今までの最高額は、1970年の二ジンスキ」につけられた544万ドル(約14億7000万円)である。

 セクレタリアトは、ヴァージニア州のメドゥ牧場の生産馬で、同牧場の所有のまま出走した。
 32株のうち4株は、メドゥ牧場主のジョン・ツイーディ一夫人が持ち、あとの28株を売却したという。このうち、2株を吉田善哉氏が買ったということである。2株といっても約2億円である。たいしたものである。

 吉田重雄氏の買ったタイプキャス卜は、72万5000ドル(約2億2000万円)だし、玉島忠雄氏が買ったという凱旋門賞勝馬サンサンは、2億8000万円だというから、セクレタリアトの前には光がうすれた感じがする。

 一株19万ドルの支払いの方法は、ブラッド.ホース誌によるとまず最初に1割の1万9000ドルを支払い、それから今年の秋に精液の検査を行ない、合格してから9万6000ドルを払い、残りの9万5000ドルは来年に支払うということになっている。

 わたしが、これを書いているのは、4月(1973年)13日である。まだセクレタリアトの四歳になってからの成績が分っていない。

 セクレタリアトに16億円もの値段がついたのは、三歳時の競走成績(と血統とか馬格なども、もちろん加味はされているだろうが)による(9戦7勝)のだから、四歳になって、もしもあまりバツとした成績を示さなければ、この馬の値打ちはうんと下るから、現在この馬の株を買うことは相当な冒険であるといってよいが、しよせんサラブレッドの生産にギャンブル性はつきものだともいえる。



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(8)タイプキャストの話
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 1972年のアメリカにおけるチャンピオン・ハンディキャップ・メアとなったタイプキャストが、ウェスターリイ牧場のディスパサル・セール(牧場を廃業し馬を売るセリ)で、空前の価格725、000ドルで売られたことは、わが国でも大々的に報じられた。スポーツ紙ばかりでなく、朝日、毎日のような大新聞もこのことを記事にしている。

  ブラッド・ホース誌(1973年2月5日号)によって、この馬のことをもうすこしくわしく紹介してみよう。

  今年(1973年)の1月26日にハリウッド・パークで開かれるフレッチャー・ジョンズのディスパーサル・セールに、チャンピオン・メアのタイプキャストが出場するということが知れわたると、全世界の競馬人の注目をひいた。
 昨年の十月に、牡馬を相手に、一哩半のマンノウォー・ステークスに勝ってからは、この馬が百万ドルをかせぐことは確実だと思われていたので(昨年までにかせいだ賞金額は5353、567ドル)、この明け八歳の牝馬(父プリンスジョン、母ジャナレットその父サマータン)が、新記録の価値で売られるだろうということは、大方の予想するところであった。はたせるかな、725、000ドルという高値となったのである。

 タイプキャストの最初の価格は、25万ドルから始まった。これは今までにない新記録の付値である。数抄のうちに、ジョージ・D・ワイドナーのディスパーサルで、ホットアトリート(繁殖牝馬)につけられた45万ドルという記録が破られた。オハイオのダン・ラザターという人が、50万ドルの値をつけたのである。

 まもなく、明け二歳のクラウンドプリンスにつけられた、セリでのサラブレッドにつけられた世界記録の51万ドルが破られた。
 タイプキャストの調教師で、この馬については誰よりもよく知っている卜ミイ・ドイルが、誰だがはっきりしない人の代理として、55万ドルをつけた。まもなく60万ドルとなり、英国のエージェントのジョージ・ハリスが、65万ドルまでのせた。
 間もなくマーチン・J・ワイゴッドが70万ドルをつけ、ハリスが725、000ドルととび、この牝馬を手に入れた。

 ハリス氏の語るところによると、この馬はドイルがひき続き調教し、いつどこで走るかはもっばらドイルかきめるが、今年はアメリカにとどまり、明年には英国にもっていき、ミルリーフかブリガディアージュラードをつけたいということだが、買主の名はまだいえないという。

 間もなく、これが日本人であることがわかり、やがて北海道の吉田牧場の吉田重雄氏であることが判明するのである。


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 編者註
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 セクレタリアトの話で、「最初に1割の1万9000ドルを支払い、それから今年の秋に精液の検査を行ない、合格してから9万6000ドルを払い、残りの9万5000ドルは来年に支払う」とあるが、これだと21万ドルになってしまうので、おそらく「合格してから7万6000ドル」の間違いだろう。
 ただし、ブラッドホース誌にあたって確認はしていない。機会を見つけて、するつもりではいる。

 なお、セクリタリアトの話については、スティーヴン・クリスト著・草野純訳『ホース・トレーダーズ』(1988年 サラブレッド血統センター)に詳しく述べられている。

 また、タイプキャストとコンヴィーニエンスとの有名なマッチレースについては、週刊競馬通信564,565号に「Convenience と Typecast のマッチレース」と題して、サラブレッドレコード誌に掲載された記事をもとに、詳述したことがある。
 たぶん、10年ぐらい前のことだろう。