第1章 快速馬スダホークの最後の戦い(1)

(1)翻訳にあたって 

 ここで紹介するのは、七歳になるスダホークが、淀の天皇賞に挑戦したときの数日前に、その決意を語ったものです。
 当時の勢力図を知るうえでは、なかなか貴重なものだと思いますが、もともとはサラブレッドの言語であるフウイヌム語で書かれていたので、翻訳するのにずいぶん手間取ってしまいました。

 フウイヌム語とは、ジョナサン・スウィフトが『ガリヴァー旅行記』で記しているので、ご存知のかたもいらっしゃると思いますが、馬の国フウイヌムの公用語です。
 形は古代オリエントで使われた楔形文字とよく似たもので、ロンドンの研究家の話では、紀元前二千年ごろにフウイヌム語として分かれたといいますから、ちょうどハンムラビ法典が作られたころになるでしょうか。
 現在わが国では、話せる人は何人かいますが、これを読める人となると私を除いてはほとんどおらず、ましてや書ける人となると、皆無だと聞いております。

 私がどうやってこの文書を入手したかについては、ここで明らかにすることはできません。スダホークとは面識がありませんし、あったところで、さきほどいいましたように、私はフウイヌム語が話せませんので、直接このような文書が渡されるはずもないからです。
 彼がだれかに渡し、だれかが二番目のだれかに渡し、二番目のだれから三番目のだれかに渡し、(nー1)番目のだれかがn番目のだれかに渡し、そしてn番目のだれかから入手したとしか申し上げられません。
 ただスダホークは、このような文書が競馬の世界から流出したことの責任はとらされたようです。

 後世の人のなかには、スダホークといってもよく知らないかたもいらっしゃるかもしれないので、ここで簡単に、七歳の春にいたるまでの彼の生涯を振り返っておこうと思います。
 スダホークは、一九八二年四月六日にニッポン国の北海道浦河で、シーホークとアヤベジョーとの間に生まれました。

 父シーホークは、フランスのサンクルー大賞やクリテリウム・ドゥ・サンクルーに勝った馬で、わが国に輸入されたのち、長距離を得意とする馬を数多く出しました。ことに、アイネスフウジン、ウイナーズサークルと二年続けて産駒が日本ダービーを制覇したことで、一躍、歴史的な種牡馬になってしまいました。
 母のアヤベジョーは、勝ち馬になることはできませんでしたが、じつは優れた母系の出身でした。とくに二代母にあたるミスオンワードは、無敗のまま桜花賞とオークスを楽勝し、ファンの後押しに抗しきれず、連闘にもかかわらずダービーに挑戦したほどで、わが国の競馬史上、最強牝馬を選ぶときには、かならず候補の一頭にあげられます。

 スダホークがデビューしたのは、三歳の秋でした。
 新馬戦では、のちに中山の直線で、壮絶な最期を遂げるサザンフィーバーの三着に敗れましたが、二戦目の新馬戦を順当に勝ち上がり、続く二千メートルの葉牡丹賞を快勝すると、クラシック候補の声がかかります。
 候補が取れて、有力馬になったのは、四歳の春の弥生賞で、このレースを四馬身差で完勝すると、その後はずっと、一線級で戦い続けることになります。

 それでも、皐月賞はミホシンザンの六着、ダービーはシリウスシンボリの二着、菊花賞もミホシンザンの二着と、今一歩クラシックには手が届きませんでした。
 五歳になると、AJC杯と京都記念に連勝し、本文にも出てきますように、サンケイ大阪杯でサクラユタカオーにハナ差の勝負をして二着と敗れはしましたが、春の天皇賞では堂々の一番人気に推されました。振り返ってみますと、このころが彼の絶頂期だったかもしれません。
 しかしここで、クシロキングの七着と敗れたことが、のちのちまで響いてきます。その後は低迷期が長く続き、ふたたび調子をあげてきたのは六歳の春で、やっぱり天皇賞に期待がかかりましたが、今度はそこに、天敵ともいうべきミホシンザンが待っていました。

 さらに一年が経ち、七歳の春の天皇賞を迎えたときに書いたものが、これから紹介しようとする文書です。もちろん文責は訳者にあることを、あらかじめお断りしておきます。
 なお、枠順は次のようになっていました。

<1988年春・天皇賞>

 1:ランドヒリュウ   牡7 塩村克己
 2:レイクブラック   牡6 的場 均
 3:ダイナカーペンター 牡5 加用 正
 4:メイショウエイカン 牡6 猿橋重利
 5:メジロデュレン   牡6 村本善之
 6:アイアンシロー   牡7 箕田早人
 7:リワードパンサー  牡6 久保敏文
 8:タマモクロス    牡5 南井克己
 9:マヤノオリンピア  牡5 丸山勝秀
10:ゴールドシチー   牡5 河内 洋
11:マウントニゾン   牡6 天間昭一
12:アサヒエンペラー  牡6 蛯沢誠治
13:メリーナイス    牡5 根本康弘
14:ランニングフリー  牡6 菅原泰夫
15:マルブツファースト 牡7 田原成貴
16:ペルシアンパーソ  牡6 松永幹夫
17:スダホーーク    牡7 岩元市三
18:メグロアサヒ    牡5 小島 太
                            (続く)